心と体の両面から治療する、それが心療内科です。
 いきいきと健康的な毎日を過ごしていただくために 心療内科に携わる皆さまとともにわが国の心療内科の発展を図ります。

本学会に所属する4名の医師・教授に、
さまざまな視点から「心療内科」について語っていただきました。

CONTENTS

Chapter 1 |心療内科の歴史

人を身体面だけでなく、心理面や社会面などを含めて、全人的に治療しようとするのが心療内科です。まずは心療内科の医学における歴史や経緯を振り返ってみましょう。

すでに、2400年も前に、ギリシャの哲学者プラトンが「心の面を忘れて体の病気を治せるものでなく、医者たちが人の全体を無視しているために、治すすべを知らない病気が多い」と述べています。ことに、ルネッサンスの後に自然科学が発達してきて、19世紀にコッホが病気の原因として細菌を発見したころからは、すべてを唯物論的に考えるようになりました。そして、心の面を考えることは、むしろ邪道とされたために、心と体を含めた全体としての人を忘れたゆき方が主流となり、かつてプラトンが警告したような事態が著しくなってまいりました。そこで、このような傾向への反省として、全人的ケアをする心療内科の必要性が認識されるようになってきたのです。ですから、心療内科は比較的新しい科で、わが国で九州大学に心療内科が初めて創設されたのは約50年前です。

もちろん、心療内科は「心理的な原因のみで体の病気が起こる」というような、行き過ぎた精神主義に基づくものではありません。病気の身体面でのデータを十分に踏まえたうえで、これに影響している心理的・社会的な因子の役割を正しく評価して、病人全体を治そうとするものです。ですから、親学会の日本心身医学会は日本医学会に加入を認められています。そして、様々な心療内科的治療法は保険で採用されています。

心療内科を受診されると、まず、身体的な診察や検査があり、同時に心理テストや心理・社会面での面接があります。そのうえで、必要とあれば身体的な治療もしながら、さまざまな心理療法などの心療内科的な治療が行われます。つまり、「病気を診るより、病人を診て」心と体の両面から治療する、それが心療内科です。

Chapter 2 |一般の皆さまへ

昨今、医学・医療の分野では、”全人的医療”の重要性が叫ばれています。患者の病気だけを診るのではなく、個別の歴史を背負った”病む人”として全人的に診療していく―この重要性をいち早く認識し、実践してきたのが心療内科です。

現代社会には様々なストレスが存在しています。仕事の問題や家庭の問題、等々、ストレスを引き起こす原因は多岐にわたり、その感じ方も人によって大きく変わります。過度なストレスは、こころや身体の健康に影響し、病気の発症や悪化につながることがあります。一方、ストレスがあっても上手につきあうことで健康の維持、増進ができます。一般的な内科的治療を行っても症状のコントロールができずに日常生活が困難になっている方、食生活や生活習慣改善の必要性を理解しているけれども実行できず途方に暮れている方、まさか自分の症状にストレスが関係しているとは夢にも思っていない方、心療内科を受診してみませんか。

“Stress is the spice of life.
ストレスは人生のスパイスである-ハンス・セリエ”

生きているかぎりストレスは避けられません。ストレスを正面から受け止め、積極的に取り組むことは、健康の維持・増進ばかりでなく、より豊かな人生につながるでしょう。

Chapter 3 |心療内科に携わる皆さまへ

ハンス・カロッサは20世紀のゲーテといわれるドイツを代表する詩人、作家で、患者さんに慕われた開業医でもありました。教養部2年の時、彼の小説「ドクトル・ビュルゲルの運命」との出会いが心療内科医としての私の出発点です。

人間的な感情と良心を過剰にもった若き医師ビュルゲルの次の言葉に心を揺さぶられました。「私自身は――ああ、一日はまた一日と、自分が単純な医師としての天職を与えられていることを知ります。(中略)患者にしてもただ六番とか七番とか番号がうたれて、丁寧に記された臨床上の鑑定や体温表とともに私の前に横たわっているような患者などでは、どうしても助けてやろう、自分を賭してやろうというあの気高い好奇心を、私の心中に呼びさますことはできないでしょう。人間を確かめずに、ただ内臓だけを癒すなどということは、私には決して決してできないでしょう。…」。

こんな医師になりたい、どのような科を選べばよいのか、と悩んでいたとき父がわたしてくれた本が、後に私の恩師となる池見酉次郎先生(故人、初代九州大学心療内科教授)の「愛なくば」(光文社)でした。

43歳に関連病院へ消化器内科医として1年間赴任した時のことです。久々に消化器三昧の楽しい毎日でしたが、4か月ほど経った頃から診療が惰性になり充実感がなくなりました。ある日、病院から帰宅した際、妻に、「あなた、今日はいきいきしていて目が輝いているわね。何があったのですか」と尋ねられました。赴任後初めて、心療内科医としての私に紹介された患者さんの診療に当たった日だったのです。その時、気がついたのです。私は「臓器医者」になっていたのです。心療内科医として生きてゆくことの素晴らしさ、もうこの道しかないと感じた一瞬でした。

医師になり41年が経ちました。今も毎日が喜びです。年を重ねる毎に充実感が増してきます。深く豊かな眼差しが患者さんたちにより育てられてきました。まだまだですが。

私にとって「心療内科即人生」です。

Chapter 4 |心療内科の今後と課題

現代の日本社会は、政治経済社会の不安定、国際化、情報化、対人関係の厳しさ、少子高齢化、などにより、ストレスがますます増加しています。平成23年3月11日の東日本大震災および福島原発の放射能問題が大きな影響を及ぼしています。

医療については、現在、日本で増加している病気として、1)糖尿病、冠動脈疾患、がん、高血圧、脳卒中、肥満などの生活習慣病、2)動脈硬化、肺気腫、気管支炎などの老人病、3)うつ病、不安障害、適応障害、心身症等のストレス病があげられます。

現代医療の課題とニーズとしては、次のようなものがあります。

1)長寿社会であるがQOLは低い→全人的医療への期待

2)医療費の高騰→予防医療の充実

3)身体医学・西洋医学のみの限界→統合医療への期待

4)患者の意識の高まり→自分による治療法の選択

このような中で、心療内科の専門性は、
1)心身相関の病態を詳細に把握し、いくつかの心理療法に習熟しており、心身両面の治療ができる内科医、 2)生理・心理・社会・実存的側面からの全人的医療ができることです。

心療内科の発展は診療・教育・研究において進歩していくことが必要です。
診療では単に典型的な心身症にとどまらず、プライマリケア、緩和ケアの分野でも積極的に行うことです。また、他診療科や医療関係者との連携やチーム医療が重要です。さらに、進歩している新しい知識と技術を取り入れると共に、新しい治療法の開発に取り組むことです。

教育では全国の大学の医学教育カリキュラムに取り入れるようにすることや若者に魅力ある教育、研修を確立し、多くの優秀な良き医療人を輩出することです。

研究では1)心身相関についての生体レベルから、 組織、細胞、遺伝子レベルの研究、2)環境(内的・外的ストレス)と生体との相互関係、3)精神・神経・内分泌・免疫関連、4)過敏性腸症候群、気管支喘息、糖尿病、疼痛性障害、摂食障害などの典型的な心身相関の臨床研究、などを推進することです。