この度、米国モンタナ州立大学心理学教授であったJ.G.Watkinsによって著された「The Therapeutic Self : Developing Resonance-Key to Effective Relationships(1978)」が「治療的自己-医療を効果的に進めるための医療者の心得-」と題して、(株)アドスリーより出版されたのを機に、わが国の臨床医学の教育・研修カリキュラムに組み入れて欲しい「治療的自己」-日本心身医学会では、すでに 1970年頃より九州大学医学部心療内科教授池見酉次郎により学会誌や学会シンポジウムで紹介されてきた-について述べてみたい。

Watkins が「治療的自己」の研究を始めたきっかけは、臨床心理士として勤務していた総合病院で、同じ大学を同程度の成績で卒業し、同程度の臨床経験を積んだ二人の研修医が、入れ替わって受け持った同一科病棟の患者にみられた経過の差が注目され、その理由の解明を依頼されたこととされている。彼は、その「治療的自己」を患者の治療経過に影響を及ぼす医師の医学的知識や診療技術、臨床経験以外の、治療的な信頼関係のつくり方や患者とのやり取りの仕方に現れる人間的な部分を指すものとしている。そしてその主要な構成要素を患者が語る体験内容に共鳴(resonance)<一時的に同一化>できること-これはさらに感情的共鳴(affective resonance)と認知的共鳴(cognitive resonance)に分けられる-と客観性(objectivity)<客観的に理解できること、これは二人組精神病(folie a deux)に陥らないためにも必要な要素>としています。

これらの「治療的自己」の構成要素は、治療的面接場面での治療者の言葉遣いや表情、態度などをワンウエーミラーで直接的に、またはその録画の再生で間接的に観察し、スコア化して評価できるので、その評価を複数の医師(医療スタッフ)で行い、それぞれの評価がほぼ一致するまで観察を繰り返すことによって、その成長をはかることが可能とされています。

現在、本学会治療的自己評価基準作成委員会では、様々な治療場面での治療者の患者に対する対応をQ&A形式の自己評価基準の作成が試みられています。それが完成するまで、会員の皆様には本訳書を読んで頂き、ご自分なりに治療的自己の成長をはかられ、心身医療をより効果的に進められて、(医師) 医療スタッフとしてより一層の喜びを感じられるようになられることを願っています。

翻訳者代表 吾郷 晋浩
(桂記念治療的自己研究会 会長)